2019年08月19日

小説『青空に飛ぶ』と図書館


主人公の萩上友人(はぎがみ・ともひと)は東京に暮らす中学2年生。中1の時に、父親の仕事の関係でそれまで四年暮らしたアメリカから帰国した。友人は転校した中学の同級生から、これでもかこれでもかという執拗なまでのいじめを受けながら中学校生活を送っていた。そのことは学校の先生も両親もまったく気づいてはいなかった。鴻上尚史さんの小説『青空に飛ぶ』(2017年8月刊、講談社)の主人公は、こんな設定である。

友人は、夏休みに母親とともに伯母の暮らす札幌に旅行する。本人にとっては、いじめから「解放される」ことを願っての覚悟の旅だった。ビルの屋上、非常階段など、とにかく高いところを探し出して、そこから青空に向かって飛ぼう(つまり自殺)という。そんなとき、看護師をしている伯母の病院に入院している佐々木友次さんという、元特攻兵の存在を偶然に知るのだった。

友人は、なんども特攻隊として出撃し、そのたびに生きて還ってきたことを高木俊朗の『陸軍特別攻撃隊』を読むことで知り、直接、佐々木さんから話を聞いてみたくなる。なんどか病室で話を聞いているうちに友人は、敵艦に体当たりを命令する上官に「どうして負けなかったのですか?どうして死のうと思わなかったのですか?」と問う。佐々木さんは、人間の寿命を決めるのは仏様の仕事、寿命がある間は一生懸命生きることだ、と友人に語る。航空兵の使命は死ぬことではなくて、生きて還って何度でも敵と戦うことだ、とも。

その生き方を知った友人はいじめられている自分が、死を選択するのではなくて自然に任せて生きていくことを決める。そしてついに、いじめの存在を否定していた両親や先生に受けているいじめの実態を話し、自分を再生するために、南の島のいまにも無くなってしまいそうな中学校に転校することで物語は終わる。

筆者はさきに、当別町茂平沢(もへいざわ)で営農してきた元特攻兵の佐々木友次さんを描いた鴻上尚史著『不死身の特攻兵』を紹介したが、鴻上さんの小説『青空に飛ぶ』はこれに先だって書かれたものである。友人少年の行動や心の動きと、高木著『陸軍特別攻撃隊』から要約された佐々木さんの体験が交互に流れる仕組みの小説である。

筆者は、朝日新聞の書評欄で『不死身の特攻兵』の出版を知ったが、そのころ所用で出向いた町役場で、たまたま広報担当のAさんに会い、そのときに鴻上さんのこの著作について話をしたことがあった。過去に、佐々木友次さんにインタビューしたこともあるその広報担当は、鴻上さんの著作についてすでに知っており、当然のごとく高木俊朗著『陸軍特別攻撃隊』の存在も知っていた。

しかしその時点では、町内にある二つの図書室(図書館ではない)には、鴻上さんの佐々木友次さんに関する二つの著作も『陸軍特別攻撃隊』も所蔵されていなかった。役場の職員がすでに知り得ているような、地元に関わる大切な情報が記されている出版物ですら図書室には納められていない〈困った現実〉をAさんに聞いてみたが、リアクションはなかった。「だからこそ、きちんとした公立図書館がこの町には必要ではないか」という私の投げかけにも、その広報担当Aさんは無言だった。

人びとの営みの証しが〈自然淘汰〉されないように公立図書館や博物館がその「防波堤」の役目を果たす。この町・当別にはいずれもが備わっていないのはどうしてなのか。周辺のマチに大きな図書館・博物館があるし、自分の町にはそういったものがなくても生活に支障がでない、なんてみんなが思っているのか? 日本の歴史上、忘れてはいけない佐々木友次さんの存在も地元では風前の灯火である。


posted by yagi at 20:46| Comment(0) | 農文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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